ローダー

福岡のパワフルウーマン~未来を拓く女性たち~Powerful Women in Fukuoka

福岡のパワフルウーマン~未来を拓く女性たち~Powerful Women in Fukuoka

福岡県情報誌「アバンティ」から出版された「福岡のパワフルウーマン~未来を拓く女性たち~Powerful Women in Fukuoka」に弊社代表取締役:豊川裕子が掲載されました。

▼以下掲載内容▼

その人が本当に満足できるものを

豊川(とよかわ)裕子(ひろこ)さん

株式会社豊川設計事務所 一級建築士 代表取締役社長

北九州市小倉北区井堀4-1-25 TEL.093-581-7082 https://toyokawa-aa.com

Profile/1948年門司区生まれ。工学院大学建築学科卒業。父の会社を引き継ぎ、2002年㈱豊川設計事務所代表取締役社長に就任。幼稚園・保育園、学校、店舗設計、住宅など、建築家として福岡県に建てた建物の数は約400軒。代表的なものに、『千草ホテル』『九州歯科大学』『㈱朝日広告社』オフィスビルがある。さまざまなまちづくり活動にも尽力。

その道のプロ、というのはこういう人のことだろう。培ってきた技術と経験が、さらにその先の深い洞察力を生み、顧客が本当に満足できるものを追求する。それが、建物を愛し、人を愛し、街を愛する建築家・豊川裕子さんだ。

小さい頃からの夢をかなえ、

地元の建築家として活躍

祖父・父ともに建築家という家に生まれた豊川さん。小さい頃からにぎやかな建築現場が大好きだった。ある日、女性は上がれない棟上げの時に、父から「おまえが男の子だったらな」と言われたことに疑問を持ち、「大きくなったら私も建築家になる!そして棟にも上がってやる!」と決意した。高校を卒業後、東京の大学で専門的に建築を学び、設計事務所に就職。男性ばかりの中でひたむきに頑張ってきた。

大学で出会った同じ建築家の夫と22歳で結婚。仕事のことを考えて、子どもは産まないつもりだった。ところが、産後に体調を崩した妹の子どもの世話をしているうちに、生命の神秘と愛しさを感じ、27歳の時に長男を出産する。子どもを産んだことで、人と人が寄り添っていく生き方を知った。30歳になって北九州へ戻り、両親から子育てのサポートを受けながら、夫と二人、父の会社で仕事を始めた。

十数年ぶりに暮らす北九州で感じたのは、「街に建築文化が確立されていない」ということ。そこで、建築家たち自身の勉強も必要だと考え、建築教育プログラムを行う九州建築塾を立ち上げた。また、地元の建築家として初めて、北九州市建築文化賞を受賞した千草ホテルを手がけたのもこの頃だ。

技術と経験を積んで

見えてきた大切なこと

「最近ね、“妖怪”めいてきたのよ」と、いたずらっぽく笑う豊川さん。それは、今までに得た技術や経験を通じて、「いろんなことが見えてくるようになった」ということだ。長年、建築家として数多くの建物を世に送り出してきたが、本当の意味で覚悟が決まったのは50歳を過ぎてからだという。

好奇心旺盛で色々なことに興味があり、それまでは何となく漠然と、まだ他の道もあるのかも?と思うこともあった。しかし、その頃に迷いがなくなった。「この仕事でお役に立っていこう!と思って、いちばん楽しくなった時期かな」。

建築は人間の生活の営みが行われて初めて意味を持つという豊川さん。「人間がいかに人間らしい感性で生きるか」が建築哲学だ。大切なのは人を知る力と見る力。相手の話をじっくり聞いて、そこに暮らす人の人生、生活様式や抱いている想いにまで考えをめぐらす。そして、今だけでなく遠く先の将来も視野に入れ、生まれてくるさまざまな選択肢の中からベストを見出す。時には冒険になることもあるが、依頼主から「いい建築家に出会えた」と喜んでもらえることが、何より嬉しい。

建物は持ち主だけのものではない。長く続いていく街の景色でもあるのだ。豊川さんは、その景色を大切にしてほしいと願う。夢は「心豊かに自分たちの住むところが自慢できるように、街並みごときれいになっていくことのお手伝い」。

色々な人がいて、色々な人が関わって作られる建物。さまざまな問題に直面することもあるが、「何があっても解決してみせる!」という気概で臨む豊川さん。「ずっと建築の世界で生きてきて、純粋に物作りをしてこられたのは幸せ」と、今あらためて実感し、これからも真摯に歩み続ける。